化粧品メーカー「KANEBO」の新ブランドCMの中にある「生きるために、化粧をする。」というキャッチコピーに対して、色んな意見が飛び交っています。

この「生きるために」というキャッチコピーに対して、企業側と受手側の考え方がズレているようには思えます。このようなツイートがありました。

カネボウのCM、「生きるために化粧をする」ってコピーに対してもクリエイティブに関しても「化粧をしなきゃ生きる価値ない」というニュアンスは一切感じなかった。2月のリブランディングで「美ではなく、希望を発信する」っていうブランドメッセージに変わったんだけど、その文脈を知らないと解釈が難しいのかもしれない。対面接触も減り、マスクで顔が隠れてしまっても、自分として生きるために化粧をするっていう今に非常に寄り添ったコピーなのに、伝わらないのが自分ゴトのように悲しい…

自分も「化粧を押し付ける」という印象はこのCMからは感じなかったのですが、そう捉えられなかった人がいるのも事実。それでもやっぱりキャッチコピーは、

受け止めた側の印象が、すべて。

いかに「そういう意味じゃない」「今までのブランドメッセージを見れば分かる」と訴えたところで、そのキャッチコピーを見た側が不快な思いをしてしまったら、それは認めなければならないとは思うんですよね。

このカネボウのキャッチコピーの件で感じたのは、「発信側の意図をしっかり読み込もうなんて人は少ない」という事実ですよね。インターネットで大量の情報があふれる中で、「自分と関係あるかどうか」「面白い情報かどうか」を一瞬のうちに判断していく中で、1個1個の広告のメッセージをくみ取って考える人なんて少ないと思うんです。

「ちゃんと読めば分かる」→「ちゃんと読まなくても分かる」

が、ますます求められているような気がします。まさに、一瞬で伝えるコミュニケーションとして、キャッチコピーは需要が高くなっていくんじゃないかと思いました。

なので、宣伝会議賞に出てくるような「ん、どういう意味だろう?」と考えさせるものや「場面や背景が連想されるもの」というコミュニケーションが遅めのキャッチコピーは、少なくなっていくのかもしれません。(良し悪しではなく)

一瞬で伝わる、インパクトのある、誰も傷つけないキャッチコピー。こういう特徴を兼ね備えているものが、これからの秀逸な「名作」コピーになるんだろうなと思います。非常に難しい技術ですが、これからの時代ますますキャッチコピーが武器になっていくのかなと、カネボウの一件をみて感じました。

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本当に、ブランディングコピーやCMコピーって、ムズイですねぇ。

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